しがないサラリーマンのブログ

昔はバンドにのめり込んで 、いまは写真を撮るのがちょっと好きで、産まれたばかりの娘が溺愛している、いつかコーヒー屋をやりたいなーと思っている海外駐在員としてアメリカ在住のしがないサラリーマンのブログ・・・。

多様性ってなんだろう。

Twitterは文字数制限があるからもっと文字を起こしてみようと思った。

 

多様性とは・・・

いろいろな種類や傾向のものがあること。変化に富むこと。

と辞書には書いてあるようだ。

 

会社にいる人事の人(日本人で後輩)に

多様性のある会社、職場ってどうやったら作れると思いますか?って聞かれた。

 

なんでそんな話になったかと言うと。

 

今ぼくが住んでいる地域は、アメリカの東北地区。超白人社会に身を置いている。白人は金持ちで、黒人は貧乏みたいな社会。きっと、人種差別って絶対にあるんだろうとはたから見てて思うわけ。

なんでかと言うと・・・ぼくの会社いる100名強いる間接人員に黒人が1人しかいない。製造現場で働く直接人員にはものすごく黒人が多い。たまたまなのか?いやいや、そんなことないだろうって思うわけ。

 

そんな中で、人事部長(白人女性)肝いりのリーダー養成研修での出来事。

タイタンズを忘れない”って言うアメフトの映画をシーンを見せられつつ、デンゼルワシントンの台詞を取り上げながらリーダーシップとは・・・みたいな話をしていた。節々に、自分たちは人種差別を乗り越えた偉大な国民だ、的な感じがあった。

 

これに限らず・・・

人種差別は絶対にしてはならない!!みたいな正義をかざすアメリカ人をよく職場で見るんだけど。そう言う言動が余計に、あぁ人種差別ってあるんだなって感じさせる要因になる。

 

話は変わって、赴任している日本人とその家族。

よく、あのスーパーで差別された、とか、あのレストランで差別された、って感じの話をよく耳にする。多分、入り方が超ネガティブなんだろうって思うわけ。アジア人の劣等感なのか知らないけど、もうマイナスから入るから、差別検知センサーがビンビンじゃないのか?って感じで。ぼくはそんな思いをしたことがない、と言うか、そもそもそんなセンサーを持ってないから気にならないって言うのが正しいのかな。

黒人だそうであるように、差別に対して声をあげて権利を勝ち取るって言うのは大事な行動であるように思う。でも、日常な中で起こるそう言うことをいちいち差別だって気にするのはどうなのかと。その店員がしょうもないだけって思った方がいいんじゃない?って。

 

ところ変わって、マレーシアに住んでたときのこと。

あの国は3つの人種が一応共存していることになっている。けど実態は、国をあげてマレー系の人種、いわゆるイスラム教徒が最強だよねってやってる。差別というか区別というか。マレーのボスなら部下もみんなマレー。中華がボスなら中華。インドがボスならインド。そんな感じで集団が形成されるわけ。役人の8割りとか9割はマレーだし。同じ権利が平等に与えられるわけないんだよね。だから、差別しないとかじゃなくて、それが当たり前で、みんなブツブツ文句言ってて、小競り合いは常にあって、だけどアメリカみたいに人種差別はだめ!!みたいな話はあまり聞かない。これも1つのやり方なんじゃないかなって思う。

 

そんな感じで、幸いながら、3つの文化圏で生活をしたこともあって

いろいろな種類や傾向のものがあること、である多様性を理解しようと努力している。

 

今の日本はどうかというと、人口の大多数は、やっぱり日本固有の価値観でしか物事を考えない人が多いという現実があるだろうし。だから全く違う文化圏の人の種類や傾向を少数派として体感しない限り、絶対に多様性を持つことはできないと思っている。

 

日本固有の価値観の人が多数である日本で、他の文化圏の人にあってもダメで。自分たちが圧倒的に少数派になる必要があるんだと思う。それらの価値観を理解して、受け入れないと生活できない状況になって初めて何かのきっかけになるんだろうと。自分にとってそれは初めて赴任したマレーシアだった。

それまで別に海外に行ったことがないわけじゃなかったけど、旅行や出張で行くのとは訳が違う。生活して初めてオンになるセンサーがあると思っている。

 

労働人口が減ったとして、外国人を移民として受け入れたとしても、今の日本ではそれらの外国人は、日本人として振る舞わない限り、生きていくことはできないだろうと。日本はまだまだそんな国なんだと思う。

 

会社でできることといえば、若いうちから全く違う文化圏に飛ばして、仕事をしてもらうってことがいいと思う。金がかかると上の人が文句をいうなら、手当とかもなくせばいい。本当に生活できる程度の金を渡せばいいじゃんと。結局、海外に出ても日本人と群れているんじゃ意味がないから。日本人として圧倒的な少数派になって苦労することなんだと思う。ぼくはマレーシア時代は、週末にある日本人のゴルフの誘いを断って、マレーシア人とスケボーをしていた。中学生から社会人、いろんな人がいたけど、そこにも強烈な多様性があった。

 

なんかそんなことを考えると、この先数年、日本で生活する気が全く起きない、という現実を受け止めるのにしばらく時間がかかりそう。どうにかこのまま海外に出ておきたいなー。